ケニア日記

ケニアのNGOでのインターン記を綴っていたブログ。今は電器メーカーの財務で働いてます。

ODAと経済発展と僕の仕事


昨日簡単に書いたGGPに関して。
GGPとはGrant Assistance for Grassroots Projectの略で、各国の日本領事館が窓口になって行っている無償援助の一つだ。規定のフォームを埋めて、それを領事館に提出したら審査される。書類の後もいろいろな審査を経て、OKが出ればお金がもらえる。最大で1000万円もらえるらしいのでそこそこの額である。
 
もちろん国がやっている事業なので、お金の出どころは税金だ。僕たちがせっせと働いて納めたお金が途上国に無償で与えられるわけである。何とも素敵な話ではないか。
 
 
日本はODAの金額は一時期までは世界一だったが、最近は落ち込んできて、特にGDP比だと結構低い。ものによっては贈与ではなく貸し付けだったりもするのだが、なぜ1000兆円の負債に苦しむ国がただで外国にお金をあげたりしているのか?ちなみに2013年度でODA予算は5500億円で、一番高い時期は1兆円を超えていた。
 
ODAの趣旨としては国際社会の平和と発展に貢献するというものだ。途上国が自力では経済発展が難しいから金を援助しよう、貧困は当該国だけではなく、戦争やテロにもつながるし良くない。みんなで解決して平和を作ろう、とまあこんな趣旨だ。
 
日本は外交がへたくそなので、援助をする時に露骨に自国への利益誘導をして怒られる。ひも付き援助と呼ばれる奴だが、たとえば橋を作ってあげるけどその代わり日本の建設業者を使ってねというやつだ。欧米の国々は外交がうまいので、途上国の発展だけが目的だ(キリッ)っとそれっぽいことを言うが、本音は日本と変わらない。つまり確かに援助はするのだが、自国の利益も忘れない。中国とかはパワフルなので、援助してあげるから見返り頂戴と露骨に言う。現にケニアにも中国が作った道路がいっぱいある。現地人的には、確かに道路を作ってくれるのはありがたいが、中国人ばかり雇用して、現地には雇用を生み出さないと怒ってたりもする。今のところ中国の対アフリカ投資は投資額ばかり膨らんでとてもペイできているとは言えないが、その結果もあって中国は非常にアフリカと仲良しで、この先の資源の採掘などで便宜を図ってもらおうとしているわけだ。
 
というわけで、この日本が建前ではアフリカの発展のために、本音ではその代わり資源とかいろいろ融通してねと思って援助しているお金をもぎ取りに行くのが僕の仕事だ。日本国民からしたらお金を無料であげるなんてたまったもんじゃないかもしれないが、現地からしたら当たり前だがありがたい。一応誤解のないように書いておくが、僕はODAに反対ではなく、そもそも現代の国際社会から孤立することは絶対に避けるべきなのでODAを辞めるという選択肢は取りえないし、はっきり言って日本は下手くそなので援助によって関係構築といってもそれが日本の利益になっているかというとそこまでではないが、間違いなく被援助国のためにはなっている。日本国民として願わくばもう少しwinwinの関係になるようにがんばってほしいところだが。
 
GGPに関して言うと、ダイレクトにお金が現地に落ちる分、汚職などに消えることないという意味ではかなり援助国のためになる。デメリットは、こんなばらまき方して本当にメリットがあるのかということや、適切なプロジェクトに投資できるのか、仮にできたとしてその判断や監督にまた余分なコストがかかるのではないか、とまあこんなもんだろう。

 

 

 
今回MUYOGがやろうとしているのは、説明しがたいのだが、橋づくりというか埋め立てというか、そんなことだ。
写真を交えながら説明するとわかりやすいのだが、Maruruiスラムにおいては、このように生活排水が流れるところがむき出しになっている。
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ここがスタート地点
 
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こんな感じで続く
 
 

 

これをこのように蓋しようというのが今回のプロジェクトだ。
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上の写真の下流。蓋がされている。

 

 
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これが境界線
 
 
 
一部はこのように蓋されているのだが、お金が足りなくてすべてにはできなかったらしい。この蓋の先は川になっていてここに排出されている。これを成し遂げるのに800万円かかるらしい。
 
これを蓋しなければどのような問題が起きるのか?
この問いにこたえられるかどうかが、援助を受けられるかどうかを分かつだろう。
曰く、この排水がむき出しになっていることで、雨が降って増水すると周りの家に浸水して非常に困る。また生活排水が流れているので、衛生的ではなく、子供などがそこに誤って落ちたり、普通に遊んだりするので健康を害するという意味でも危ない。だから蓋をしたい。要するにこんな感じらしい。
 
正直説明だけ聞いてもピンとこない。確かに蓋がされているのとされていないのでは、されていた方が良いのは間違いないが、800万円というのは大金で、その価値があるのかといわれるとよくわからない。この水害とやらがどれくらいの頻度で発生して、かつその損害が一回当たりどれくらいなのか。また、排水を垂れ流しにすることによる健康被害はどのようなものなのか。蓋をする以外に対策はないのか。ざっと気になるのはこんなところだろう。これらの問いへの答えを自分で調べたりいろいろ人に聞いたりしながら、フォームを埋めたりといろいろ作業をしている。
 
まあやれるだけやって、その判断は領事館に提出した後の公的機関にお任せしようというのが現時点での率直な僕の思いだ。しかしこの作業をするにあたって感じたのはやはりパブリックな機関の仕事というのは人々の幸福とかふわふわした概念を扱うので難しい。たとえばこれがスラムにレストランを作りますプロジェクトなら、どれくらい儲かるのかを予想できれば融資判断もできるわけだが、この埋め立てができたら人々が幸せになります!と言われてもじゃあお金出しましょう、となるかといわれるとそこは難しいのだ。だから僕はそれをできる限り定量化したアプリケーションフォームを作りたいのだ。
 
基本的に僕は小さな政府主義者なのでこういう公的なお金を持ってきて何とかしよう!という発想が好きではない。それがこんな政府系シンクタンクがやるようなことをスケールなどは違えどやることになるとは面白い。
これもまた余談だが、先日最終回を迎えたあまちゃんで、僕が好きなシーンの一つに、震災後に北三陸を復興させる会議をしているときに、政府のお金なんて頼りにできん、自分たちでがんばるんだ!といってミサンガ売ったりいろいろ計画するというのがある。復興のために税金が投入されることにもちろん反対なわけではないが、やっぱりこういう自分たちで何とかしよう、金儲けようっていう発想の方が健全だし、結果として目標も達成しやすいと思うんだよね。あまちゃんは今度感想でも書きたい。